つれづれAikoー 柴田愛子のブログ ー
第806回 暮らしと生活
子どもたちを連れてキープに行った数日後の8日、その近くにある「ぐうたら村」に行きました。
なんと、雪! あちらが雪なのは予想しましたが、なんとこちらも雪。車はやめて電車で日帰りすることにしました。
車窓は雪景色、八王子当たりは吹雪いています。車内はスノーボードをもった外国の人だらけ、白馬にでも行くのでしょうか。「小淵沢」で降りて、小海線に乗り換え「甲斐大泉」で下車。雪は少ないくらいですが、気温は零下10℃くらい。ぐうたら村の小西貴士さんが車で迎えに来てくれました。いつもと違う道を走ります。舗装道路に雪が被ると滑るんですって。土の山道の方が滑らないって。どこもここも舗装になるのがいいわけじゃないんですね。
さて、この日は「ゴリとあいこの暮らししごととおしゃべりと」という「ぐうたら村」と「りんごの木」のコラボのセミナー、年4回の最終回でした。参加者は15人、5月、7月、11月、そして今回の2月と季節を感じながら一緒に過ごしてきました。
毎回、私は知らないことばかりでした。「この葉っぱは何?」「かじってみたら?」と始まり、落ちている栗をかじり、コンポストに手を突っ込んで「あち!」。紙なんて使わずに火をおこす、実ったさやから豆を取り出だし、さやの皮は羊やニワトリの餌にする。こんなに長く生きているのに、こんなになにも知らないで暮らしてきたと愕然の毎回でした。
今回は木の枝を斧で割ったり、焚きつけに使いやすいようにナタで細くしたり、これは子どもの頃体験したと手に持ったら、重くて振り上げられない!「まさかりかついだ金太郎」の歌が蘇ってきました。あの斧は巨大!ほんとに、金太郎は力持ちだったんだ!と実感。そのあと、みんなで作ったお昼ご飯を食べて、おしゃべりです。
今回の講座で思ったのです。私は暮らしていない、生活をしているんだって。かつては暮らすこと自体が生きることだった。ところが、だんだん暮らすことから仕事をする事が離れてきて、仕事をしてお金を儲けて生活を豊かにする。となってきたとき、効率よく仕事をして、お金を稼いで、日常を楽にし、あそびで開放するという方向に変わってきていた。快適な住まいや電化製品に囲まれて、時間を気にしながら、効率よく日々を過ごすことが、当たり前の生活。すべての原点や過程を省略して、のせられているとも言える生活。今の子どもたちはもっともっと素がわからなくなっていきますよね。火も使ってはいけないし、危ない道具、棒さえ持ち歩いてはいけない。清潔な空間で、ボタンさえ押せば生活が成り立つ。自分のモヤモヤさえ、AIが頷いて聞いてくれる。
やりすぎの現代を感じながらも・・・・でもでも「暮らせない」と思う自分がいます。知らないことの自覚、やってみての感覚と満足感。でも、こんな暮らしを毎日はできない。今の世の中の仕事はできなくなるし、だいたい体力がない。この歳で気がついたって間に合わない! いろんな想いが駆け巡ります。
遅まきながらこう感じられてよかったと思います。空気の匂い、植物の匂いや感触、自然の摂理、素朴な作業と人間の暮らしの知恵や技、そして、子どもの頃のたき火やお風呂を沸かしたことの思いでも含めて、五感が窓を開けて、空気を入れ換えてくれたような気がします。
ここで暮らしている小西貴士さんの感性は魅力的です。でも、私はたまにお邪魔しましょうなんて、都合のいいことで納めることにしようかな? (2026.2.11)