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第791回 まねっこ

 この夏は暑すぎて身体も大変。このところ、身体や気持ちで休んでいる人も多いようです。

 そこへとんでもない雷と雨だったらしい(私は兵庫県に行っていて知らずでしたけど)翌日の今朝は涼しくて心地よい。頑張ったお疲れ休みって休日になればいいのにね。

 ちょっと振り返りですが、10日(水)に4、5歳児のミーティングに参加。二つのグループに分かれ、さらに休みが多かったので10人程度の子どもが輪になっています。保育者が「○○ちゃん、さっき、まねっこはいけないって言ってたじゃない?」と切り出しました。子どもたちが泥団子を作っていたのを見ていたので、まねっこからあそびが始まることを話したいのかと思ったら、どうも、そうではないらしい。○○ちゃんは言われたことが、まだ、頭の中で整理できていない感じの顔をしていました。

「まねっこってどういうの?」と私が保育者に聞くと、どうやら誰かが言った言葉を、オウム返しのように返すことのようでした。そこで、保育者のまねをしてみることにしました。「あのさ」「あのさ」「まねしないでよ」「まねしないでよ」と言った調子です。子どもたちもどんどん楽しくなって言い始めます。やってみるとほんとに楽しいんです。反面言われている人はどんどんイヤな表情になり、怒り始めました。

 次は愛子さんのまねをしてみようと言われ、どうしていいかわからない。普通に発して、まねをされると、口がどんどんつむってしまいます。こういうとき、谷川俊太郎の詞「わるくち」の一節でも浮かんでくればよかったと思うのはあとの祭り。

  「こんどはわたしのことをまねして」と、子どもが言いました。おなじようにすると。まねされている子は楽しそうです。気がつきました、不本意ながらやられるとむかつく、けどあそびという前提でやると、そのつもりでいるから楽しくなるのです。しかし、不本意ながらのときの嫌な気持ち、腹立たしさは怒り心頭です。ここで、保育者がいけないと言った○○ちゃんにやられたことがあるのかを聞きました。ないといいます。だのに、どうしていけないと思うの? と聞いたら、「やられている子をみたとき、すごくイヤそうなかおをしていた」と言うのです。いやー、すごいです。まねっこはいけないよと言われたから、そういうものだからではなく、やられている子の表情から自分で獲得したものだったのです。

 まねをする楽しさは確かにありました。まねをされる怒りも感じました。あそびにすると、それなりに楽しめることも知りました。結論はだれも出しません。でも、感じ取れた、いいミーティングだった気がします。

 そのあと、子どもたちとお弁当を食べました。「あいこさん、となりにしよう」と誘われるのは滅多に参加していない私にはうれしいことでした、喜んでお隣に。ふと見ると前の子がレンコンから食べています。「れんこんが一番好きなの?」と聞くと、「いちばんきらいなの」と言います。嫌いなものから食べて最後に一番好きなウインナーを食べるそうです。残さず食べる工夫をしていることに感心してしまいました。だって、私なら好きなものから食べて、きらいなものは後回し。いえ、他の人にあげるか、残すかしか考えません。子どもっておとなです! (2025.9.12記)